渋谷新聞は東京・渋谷の粋な情報を発信するWEBマガジンです。

「わだかまりのない、若い世代を応援したい」道玄坂上町会

1703dogenzakaue-1
道玄坂上交差点。

渋谷マークシティの出口を出てすぐこの場所から道玄坂上交差点までの通りを挟んだ両側と、そこから国道246号線玉川通りに入ってすぐの『相駒』というお弁当屋さんまでの範囲。

このエリアにある町会が、道玄坂上町会。

その名の通り、以前取材した道玄坂町会の坂の上に位置している。

渋谷によく訪れる方々なら同じ印象を持つと思うが『道玄坂上交番前交差点』を境に坂の上下で街の雰囲気は変わる。

坂の下は、飲食店やファッションなどの商業ビルがひしめく若いまち。

坂の上は、同じくビルが立ち並ぶものの事務所の割合が多く、少し落ち着いた空気が感じられるまち。

今まで大きな事件も無く、交番から上は監視カメラもないそうだ。

道玄坂上町会の会員はほとんどは、この地に住みながら商店を営んでいる。

そのうち半分くらいは店のビルの上階に住んでいるか、すぐそばで生活していて、この町会から極端に離れている方が少ないことが特徴だという。

「あんまり波風がない町会だから面白い話はありませんけど。」

と前置きをしつつお話を聞かせていただいたのは、

道元坂上町会の会長
1703dogenzakaue-5
石井善彦さんと、

1703dogenzakaue-6
息子さんの石井貴彦さん。

お二人は、玉川呉服店の4代目、5代目。

1703dogenzakaue-4
創業明治18年、132年にわたり渋谷で営みを続けてきた老舗呉服屋。

まず伺ったお話は、ビルのオーナーが多いという道元坂上町会の会員に特徴的な悩みについて。

道玄坂上の通りの両サイドに建ち並んでいる多くのビルは、地元に根ざして商いをされてきた方々が建ててきたもの。

ところが、最近では土地ごとビルを売ってしまう方が増えてきたという。

善彦さん
「ビルというのは建ててから10年、20年も経過すると色々な問題が発生してきます。

自分がビルを引き継ぐことになっても、そのときに表面化した問題に悩まされます。

それなら管理を業者に頼めばいいかというと維持管理にお金もかかる。

それに業者は業者だからなかなか自分の思うとおりに管理できないこともあるそうで、悩みの種にもなる。

だから売っちゃうよ、っていう発想になる。」

そうなると古くから一緒に街づくりをしていたビルのオーナーが街の当事者でなくなってしまう。

善彦さん
「治安もそうだけど、自分がそこで働いていたり暮らしていたりしたら、せめて自分のところの目の前を綺麗しようと心がける。

そういう店がずっとつながっていればその町は綺麗でいられ続ける。

それが町とか暮らしにどう影響するかっていうのは、それぞれ思う部分があるんじゃないですかね。」

そう語る善彦さんは、町会員同士の共通認識にある、自分たちの街を守るという意識が次第に希薄になっていることを感じ、結果その街が維持出来なくなってしまうのではないかと心配していた。

以前お話を伺った道玄坂町会と同じく、道玄坂上の道路沿いの街灯や歩道の整備は、区ではなく町会や商店街進行組合が行っている。

街路灯と、歩道の石畳は平成4年か5年に町会から「かなりの金額」のお金を集め各町会の責任のもとに整備したとのこと。

渋谷の歩道と街灯には、各町会の特色が生まれており、興味深い。

1703dogenzakaue-2
たとえば、スクランブル交差点から交番までの道玄坂1丁目町会の部分では、レンガのような石がジグザグに敷き詰められた歩道だ。

1703dogenzakaue-3
そこから先の道玄坂上町会の部分は、御影石が敷き詰められた歩道というように、担当する町会が変わると変化する。

これには、各町会が担当する歩道の距離が違ったり、歩道が主に坂道のため、悪天候時に高齢者が滑って転倒するのを防ぐため、グリップを高めるためであったりというように様々な事情が垣間見えて面白い。

ちなみに、交番から上の道玄坂上町会は銀座の歩道に敷かれている御影石と同じものだそう。

これと同様に、道路を照らす街路灯もそれぞれの町会によって違う。

a7
善彦さん
「あの街路灯は一基で120万円かかるんだよ。

120万でうちの町会(道玄坂上町会)は18本ありますから、まあ何千万円かかかりますね。

道玄坂は道玄坂にある各町会で隣とちがう良いものをつくろうという発想で、こちらの街路灯は今風の感じでデザイナーに作ってもらった。

隣は南部鉄器でできている街灯が30何本あるんだけどデザイン的にはこっちのほうが洒落ているよ。(笑)」

そう笑う善彦さんから、自分たちでつくる街作りに対してのプライドを感じた。

次に道玄坂上を訪れる際には地面と空を注意深く観察して欲しい。

.

こんな道玄坂上町会が今後、自治会として取り組みたいことや、やりたいことはあるのだろうか。

貴彦さん
「いまは少しでも、町会員さんの数を増やすって事ですかね。

毎年行われる金王八幡宮の例大祭では、この地域で働いている方々から寄付や奉納をいただき、ありがたいです。

しかし皆さん肝心の土日はお仕事がお休みなので、お祭りに参加していただけません。

なのでなかなか接点をつくることが難しいのです。

勤務先の土地でそこの町会に入るかと言われても、なかなか入りづらいのは理解しています。

ただ仮に町会員でなくても、同じ土地で働いている人たちと少しでも接点が出来て、ほんの少しでも町会のことを知って頂いて、この道玄坂上町会にいることが良いことだって感じてもらいたいです。」

接点をつくるわかりやすいきっかけになるのが例大祭。

地元のお祭りだがそこへの関心は薄いようだ。

例大祭では御神輿を担いで町内を練り歩くのが慣例だが、町会員が減少している現在、担ぎ手はどうしているのだろうか。

貴彦さん
「それはですね、大きく2グループです。

1つ目は地元の人やその仲間、2つ目は御神輿の同好会グループの方々が担ぎに来てくれている感じです。

今東京のお祭りはどこでもそんな感じだと思いますが、地元の人間は雑用係です。」

DSC03239
善彦さん
「だから地元の我々は周りにいて、そっちは危ないぞとか、ルートはこっちだぞとかつまんない仕事をしてるのが現実ですよ。

何のためのお祭りだかわかんない(笑)」

そう言って笑うが、やはりもう少し地元の若い人たちが増えることを願っている。

善彦さん
「現実問題一番心配しているのは、町会で一番若いのがこれ(貴彦さん)という状況。

あと何人居ますかっていっても他に2人しか若いのがいないんですよ。」

町会員のほとんどが善彦さんの年代だそう。

だからあと5年も経ったらお祭りをするにも何をするにも隣の町会と合併していくしかないのでは、という懸念が現実味を帯びてきてしまう。

その際に、じゃあどこと合併するか?

と言う話になると、なかなか難しいところがあるようだ。

善彦さん
「どこの町会もそうだろうけど、若いときにはトラブルがあるもんなんですよ。」

長年近所で生活していれば、そういったイザコザが起きたり、過去の遺恨は続いてしまうこともありそうだ。

しかし、善彦さんは続ける。

「でも若い年代は、そういう話をあまりしていないから抵抗はないんだと思う。

私らの世代ではわだかまりがずっとあったんですけど、今は若い人たちが集まっていて、14もの町会が集まっても穏やかでしょ?

あれを見ているとああ、いいことだな、一生懸命あれを応援してやろうよ、ということになってきている。」

道玄坂上町会だけでなく、渋谷の町全体を想う善彦さんの目は優しい。

.

「せっかくここに勤めていらっしゃるんだから、一緒に楽しみましょうっていう意識が生まれたら良いなって。」

善彦さんが語ってくれたこんな気持ちが住む人にも働く人にも広がれば、町が世代や地域を越え、人々を繋げうるハブになるのではないだろうか。

渋谷っていうと新しくて、色々なものがあって、というイメージがある。

しかし実際には根幹の部分では昔ながらの町があって、そこで営まれている商売が繋がり、そこで育った人たちが通った学校のつながりもある普通の町である。

革新的なイメージに反し、そういったつながりを大事にしようと強く思っている姿勢が感じられた。

.

<文章>
宮本夏樹

<取材協力>
道玄坂上町会

Share (facebook)