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坂道から音楽が生まれる街。『渋谷音楽図鑑』 -後編-

 

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記: 岸 浩史
写真: 門井 舜

なぜ渋谷は音楽の街になったのか。このテーマに迫る『渋谷音楽図鑑』が太田出版から7月に刊行されました。音楽プロデューサー牧村憲一さん、同じく藤井丈司さん、音楽ジャーナリストの柴那典さんの3人による共著です。はっぴいえんど、シュガー・ベイブ、竹内まりや、ピチカート・ファイヴ、フリッパーズ・ギター…、脈々と受け継がれていく都市型ポップスの歴史を振り返ると、いつの時代も渋谷の坂道のある場所に若者たちのたまり場があったといいます。この【後編】では、今の渋谷の現状と未来の展望に迫ります。歴史は繰り返すのであれば、今の渋谷にたまり場はあるのでしょうか?時代の変化が大きい中で、渋谷は音楽の街として存続していけるのでしょうか?そのヒントを得るべく、著者の一人である柴さんと、編集担当の林和弘さんにお話を伺いました。

 

 

■繰り返される音楽神話

 
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音楽ジャーナリスト 柴那典さん

 

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トークショーでの00年代と10年代のインターネットと街の関係の分析、非常に興味深く拝聴させていただきました。(※前編参照

柴さん
10年代のインターネットというのは、現実空間に覆いかぶさる“もうひとつのレイヤー”でしかないと考えています。『Pokémon GO』がそれを象徴していて、実際に自分が部屋から出ないことには使いこなせない。そうなってきた時に、10年代のインターネットは都市の力を増幅させるものになったというのが僕の持論です。

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スマートフォンの登場によって、音楽の世界でも、アーティストたちが再び街へ出ていく時代になったわけですね。本の中で「地下水脈」と表現されていたような10年代のたまり場は、今の渋谷にありますか?

柴さん
知人に聞いて後から知った話なのですが、たとえば「BOY(ボーイ)」という、主に古着を扱うヴィンテージショップが挙げられます。東急ハンズの前の、1階にHMVのアナログショップがあるノア渋谷の3階にあります。オーナーの奥冨直人さんが19歳で開いたお店です。never young beach、DAOKO、D.A.N.などのアーティストと、ショップでのアイテム販売や主催イベントへの出演などを通して交流を持っています。

 

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「ノア渋谷」

 

柴さん

「BOY」のような場所は、通っていた人たちが売れることで後から注目されます。小人数のたまり場の世界でしかないので、話題にならない。メディアも取り上げない。だから話題を探している人には届かないんです。

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今も地下水脈はあるけれど、リアルタイムでは見えてこないということですか?

柴さん
そうですね。「話題の〇〇」としてメディアが取り上げるようになった時点で、既にそれは「地下」ではない。話題になってはいけない存在なのです。 そこの空気を吸って育って、既存の音楽、既存のファッション、既存のメディアに飽き足らない、気概ある若者が世に出てきた時、ようやく発見される。出てこなければ、無かったものとして終わってしまいます。ただし、飛び抜けた存在感とクリエイティビティ、パフォーマンス能力を持った人は、必ず定期的に選ばれて世に出てきます。その才能はキラキラして、とても輝いて見えるので、周りにいる人が気づきます。そして、また時代を塗り替えていく。それが音楽の数十年間の歴史です。

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その才能に気づく人として、牧村憲一さんのような方がいるんですね。

林さん
この本を作るにあたって、「フリッパーズ・ギターの本を作りたい」という個人的な想いが最初にありました。彼らを世に送り出した当事者である牧村さんに協力をいただきたいと思いましたが、牧村さんと一緒に作るのであれば、これは単純な渋谷系の本というわけにはいかないぞとなりました。

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『渋谷音楽図鑑』編集担当 林和弘さん

柴さん
牧村さんには渋谷系の背後にある、もっと大きな歴史絵図が見えています。この本は牧村さんの個人史と絡めた構成にしているので1964年の東京オリンピック以降で纏めましたが、渋谷の音楽史を掘っていくと、戦後の闇市と暴力団、そこから生まれる呼び屋といわれる興行ビジネスの話まで遡れます。渋谷系といっても、その裏側には長くて深い、音楽のバトンを渡してきた川が流れているんです。

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なんだか『スター・ウォーズ』のような神話の話を聞いているみたいです。フリッパーズ・ギターがルークみたいで、いざ、その物語を開いてみると、前にも後にもエピソードは続いていて、大きなサーガが浮かび上がってくるように感じてしまいます。

林さん
たしかに(笑) 牧村さんのお話を聞いている時、ヨーダに教えを請うているような瞬間がありました。

柴さん
牧村さんは時代を体現してきた方です。人に巡り合う強烈な運か縁か才能を持っている方。そういう人だから語れる歴史があるんですね。

 

■渋谷が放つ磁場の正体

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この本を読むと、渋谷には人を引き寄せるスピリチュアルな何かがあるようにも感じてきてしまいます。

柴さん
不思議な磁場がある街だと僕も思います。でもそれって結局、人が生み出している磁力でしかないんですよね。なにか面白いことをやってやろうと日々虎視眈々と考えている活動的な人が拠点を作ろうとするから磁場が生まれる。60年代に前衛芸術の発信地となる小劇場「ジァン・ジァン」を開いた高嶋進さん、ジャズ喫茶「新宿ピットイン」を追われ渋谷でロック喫茶「BYG」立ち上げに関わった酒井五郎さん、今から振り返ると歴史上の人物みたいに語ってしまいがちですが、当時20代の若者が企んだエピソードばかりなんですよ。ちょっとおもろいことやってみよーぜ、あいつらむかつくから、こっちでやっちゃおーぜ的な。IMG_0269
ロック喫茶「BYG」

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何かを企む若者たちの活気が、磁場を生み出すというわけですね。

柴さん
僕自身の経験に引き寄せると、98年から渋谷を拠点に活動しています。「ロッキング・オン」という音楽メディアの会社出身で、渋谷の桜丘町に今もあります。おなじく音楽メディアの「ミュージック・マガジン」もかつてそのあたりにあったんですよ。渡辺祐さんの編集プロダクション「ドゥ・ザ・モンキー」も今も桜丘町ですね。

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渋谷はレコード屋やライブハウスだけではなかったんですね。

 

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桜丘町

 

柴さん
今はヒップホップも渋谷が拠点になっています。Zeebraさんは渋谷を盛り上げるアンバサダーに選ばれていますし、今年から始まったヒップホップ専門ラジオ局「WREP」も渋谷に開局されました。

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ヒップホップ専門ラジオ局「WREP」

 

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やはり音楽関係が集まりやすいのでしょうか?

柴さん
現在はWebメディアが渋谷に多く集まっています。主に言うと、cakes、CINRA、Real Sound、…、特に道玄坂を上がったエリア辺りにたくさんあるんですよ。

 

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道玄坂上

 

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渋谷を選んでやってくるWebメディアに特徴はありますか?

柴さん
Webメディアだけでなく、渋谷にはインターネット関連企業も多いですよね。特にベンチャーが多い。ただ、ベンチャーにもいろいろある。僕の分け方では、お金をたくさん集めるのをゴールにしているベンチャーと、おもしろいことをやろうとしている、人を驚かそうとしているベンチャーがある。前者は東京各地にあるけれど、後者が集まりやすい磁場というのがビットバレーと呼ばれた00年代以降の渋谷にはある気がしますね。

 

 

■ショッピングモール化問題

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Apple musicやSpotifyなどのストリーミング配信が主流になっていくと、今後、音楽の街としての渋谷にどのような変化が起きてくると思いますか?

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柴さん
音楽はもう、音楽だけで聴かれる時代ではなくなっているのが今の時代の特徴だと思っています。そのことを当然嘆く人もいますが、ある種そこは肯定的に捉えるというのが僕の立場です。ブルゾンちえみのおかげでオースティン・マホーンの『ダーティ・ワーク』がヒットするなら、それはいいことじゃないのかと。純粋に音楽を記録物、レコードとして捉える人にとっては、音楽文化はこれから衰退していくものとしか見えないと思います。ただ、何かとくっつくことで広がっていくのが音楽として捉えるのなら、まだまだ面白いことはあるでしょうし、やっぱりここ十年、お金儲けではなく、人を驚かせたいと思う側のベンチャーが渋谷に拠点を持っているという事実はいい方向へ動くと僕は考えています。

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アーティストの表現手法として、アルバムという形態も変わっていくのでしょうか?

柴さん
去年と今年でも、既に大きく変わってきています。 特にポップミュージックにおいて、グローバルのトップの世界のアルバムは、セレブリティたちのパーティー会場みたいになっています。ファレル・ウィリアムスがあの曲にもこの曲にもゲストで出ていたり、売れている曲には必ずジャスティン・ビーバーがいたり…的な。つまり、スターに世界観、存在感、テイストがあって、それらがいろんなところにばら撒かれてプレイリスト化されているという現象が起きています。具体的にいうと、ジャスティン・ビーバーは、今年に入ってDJキャレドのアルバムにも、ルイス・フォンシやデヴィッド・ゲッタの楽曲にも参加している。だからジャスティン自身はアルバムを2年も出していないのに、ずっとトップであり続ける。

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確かに、街中の至るところで同じアーティストの歌声が聴こえてきます。

柴さん
ニューヨークで街鳴りしている音楽、シンガポールで街鳴りしている音楽、そこのマクドナルドで聴く音楽、大体同じなんですよ。大体今(2017年7月)は、ルイス・フォンシの『despacito』が世界中でかかりまくっています。旅行に行って解ったのですが、今、世界規模で都市がショッピングモール化しています。そこにはGAPがあり、ユニクロがあり、どっちも大差なくて、グローバルのショップでしかない。そして同じ音楽が流れている。

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渋谷も同様のことが起きていると思います。

柴さん
そうなった今、それでも外国人観光客は渋谷に来る。京都に来るのなら解るんです。そこには歴史、古都があるから。では、なぜ渋谷に来るのか?渋谷の交差点でわざわざ自撮りするのは、多分、今、新しい日本らしさがそこにあるからなんだと思います。

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スクランブル信号での自撮りが、そこでしか得られない“何か”になっているんですね。

 

 

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柴さん
音楽の話に戻りますが、世界で共通に鳴っている巨大なヒット曲ではない、そこにしかない音楽、それは絶対に価値があるものだし、その価値を軽視するのはとても危険だぞと思いますね。「ショッピングモールって便利だからいいじゃん」「売れている音楽だけ聴いていればいいじゃん」というのではなく、その都市にしかない、小さな集まりの中でクールとされているもの。それはとても大事だと思います。

渋谷新聞
まさに都市型ポップスというものですね。今年、小沢健二さんが突如リリースした『流動体について』の歌詞を思い出してしまいました。何か新しい音楽の動きが生まれることを予兆しているようにも聴こえて来てしまいます。

柴さん
そうなんですよね。小沢健二さんは予言者だと思います(笑)
あの人こそ世界中を旅し、グローバリゼーションの弊害を各地で見てきた人です。都市というものに10年前は悲観的だった人が今、こんなに肯定的にとらえて歌っているというのは何かの予言かもしれません。

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2027年にむけて大規模な都市開発が進んでいますが、どんな影響が音楽シーンに起きると思いますか?

柴さん
渋谷の表舞台では、西武VS東急の都市開発競争が、大正時代から今までずっと続いている歴史があります。西武はパルコを作り、公園通りをファッションストリートに変え、街を劇場にしました。東急は常に文化という言葉を昔から第一に掲げ、東急文化会館、Bunkamura(文化村)を作りました。2027年までのプロジェクトもその文化活動の一環とみています。

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パルコ(写真は2015年12月撮影)

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パルコ跡地
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柴さん
西武はポップカルチャー、東急はハイカルチャーの歴史を渋谷で築き、それはとても重要だったと思っています。そして表舞台が輝けば、その裏側の文化も生まれてきます。いつの時代にも表に対して中指を立てたい若者が絶対います。そういう人たちがマンションの一室を借りて、なにかを企む。そしてそれは絶対に話題にならないし、隠れる必要があるから話題になったら負けになります。

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その人たちが地下水脈になっていくんですね。

柴さん
ceroの高城晶平さんたちも言っていましたが、「隠れる」ことの出来る場所が大事です。 「隠れる」というのは、つまり話題になっちゃダメだということ。話題になった時点で消費が始まってしまう。

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ショッピングモール化してしまうということですか?

柴さん
そうです。陳列されてしまう。削られていってしまう。 地下水脈にならなくてはならない。そのためには隠れなくてはならない。隠れ家を持ち、地下水脈を張り巡らせることは、とても大事なことなんです。YouTubeやストリーミングサービスが出てきて、情報とコンテンツは家で享受できるようになった。 でも「人と会って、人と話す」という行為には、映像、音のコンテンツだけではまったく足りない情報量があります。会って、話して、一杯飲む。そのようなことまで含めた結果、そこにしかない何かが生まてくるんです。

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地下水脈の重要性がわかってきました。

柴さん
2027年の渋谷の都市開発にむけて話しておきたいことがひとつあります。メディアアート集団Rhizomatiks(以下、ライゾマ)の真鍋大度さんと、演出振付家のMIKIKOさんによるトークショーの司会をやらせていただいたことがあるんです。テーマは「2020年の東京」だったのですが、お二人ともに東京が他の国と比較して遅れていること、足りないものとして、クリエイティブラボを挙げておられました。

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クリエイティブラボとは何でしょうか?

柴さん
山口県にはYCAM(山口情報芸術センター)というクリエイティブラボがあります。そこではアーティストが制作すると同時に、作ったものを展示する場所も用意されています。ニューヨークやロンドンにもスタジオ、ステージの設備が揃ったクリエイティブラボがあって、芸術家たちにとって大きな助けになっている場所があります。東京って、実はそこまで便利なものがないんですよ。ドローンを使って何かしたい、ビッグデータを使って何かしたい、というような、新しい技術や手法で何かを試そうとする時、法の規制にひっかかったり、場所がなかったりして、自由なクリエイティブができる場がまだまだ足りていないのです。

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それは、地下ではなく、表舞台の役割ですね。

柴さん
隠れ家、地下水脈というのは放っておいても生まれます。ある種、お金がかかる、大掛かりなクリエイティブ拠点というのはぜひ渋谷にあってほしいと思います。今、ライゾマのようなテクノロジーを使ったメディアアートのパトロンとして、例えば東急のような資本力がサポートしていくのは、これからの渋谷の街づくりにおいて、とても大きな価値になるのではと考えています。

林さん
今回、この本を作るにあたって、東急さんには資料等、非常に助けていただきました。表紙の写真はヒカリエにある渋谷の街の模型です。ヤマハさんや渋谷区役所の方々も、制作にあたっては本当によくしてくださいました。やっぱり「渋谷は音楽の街である」というテーマに、みなさん賛同していただけた結果だと思います。多くのサポートを受けて作れたこの本は、渋谷の集大成ですね。

後編表紙

 

■取材後記
今回の取材をとおして、渋谷の表舞台と裏舞台の歴史のコントラストがくっきりと見えてきました。2027年にむけての都市開発が進んで表舞台が輝くほど、何かを企む若者たちは裏舞台に隠れ、地下水脈の中で新しいカルチャーを育てるのでしょう。渋谷新聞としては表にも裏にもアンテナを張リ巡らせ、渋谷の文化のハブとなるべきメディアを目指し、街の変化をウォッチし続けていこうと思います。

★取材に応じてくださったお二人のプロフィール

柴 那典(しば・とものり)さん
1976年、神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、ウェブ、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー・記事執筆を手掛ける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA.NET」「MUSICA」「リアルサウンド」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。「cakes」と「フジテレビオンデマンド」にてダイノジ・大谷ノブ彦との対談「心のベストテン」を連載中。著書は『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)など。

林 和弘(はやし・かずひろ)さん
1970年、広島県生まれ。太田出版編集者。おもな担当書籍は『渋谷音楽図鑑』(牧村憲一・藤井丈司・柴那典)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(柴 那典)、『ポケモンを創った男』(田尻智・宮昌太朗)、『魂の本』(中村一義)、『屁で空中ウクライナ』(ピエール瀧)、『ブスの本懐』(カレー沢薫)など。

<取材協力>
太田出版
http://www.ohtabooks.com/publish/2017/07/04123250.html

<書籍紹介>

渋谷音楽図鑑 単行本(ソフトカバー)

牧村 憲一 (著), 藤井 丈司 (著), 柴 那典 (著)

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記: 岸 浩史(きし・ひろし)
広告代理店勤務、コミュニケーションディレクター。漫画家としても活動中。中二の春、TBSドラマ『予備校ブギ』主題歌のフリッパーズ・ギター『恋とマシンガン』に衝撃を受ける。

写真: 門井 舜(かどい・しゅん)
広告代理店勤務。デジタル部門を経て、現在はリアル起点で企画を考えるプロモーション部門に所属。趣味は映画と読書。心の底からインドア派。

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